2011年1月 4日アーカイブ

魚沼市新年賀詞交換会

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4日3時30分より地域振興センターで魚沼市新年賀詞交換会が開かれた。
昨年までは議場で議員と当局が新年の挨拶して終わった。

 今回は県議、県職員、嘱託員・自治会長や役員、業者、銀行、郵便局長、学校長、各組合や消防団、安全協会や商工会、議員や教育委員会、市の職員など約300人を参集して行なわれた。

 何でこういうことになったか分からないが、それほど意義のあることなのだろうか。
 市長をはじめ、幹部職員だけで19人。その他接待の職員が何人いたのか分からない。
 会費は議員の通知では一人1,000円だが、市でいくら持ち出しだったのか、後で調査をする。

 仕事始めの午後3時30分から職員を動員して、業者や各組合等を呼んでの賀詞交換会が果たして必要なのか。市長の人気取りや春の統一地方選の皆川県議の事前運動のためではないのかと勘ぐってしまう。(もっとも皆川県議はそう取られても仕方がないような挨拶をした。)

 後で議長を通じて資料請求するが、この会の収支報告と職員がどういう位置付けで参加したのか調べなくてはならない。仕事始めに有給などではないはずだから、給料をもらってビールや酒を飲んでいたということか。

 ある人が、大桃さんの力を他のところで発揮して頂けると良いのですが・・・と暗に住民訴訟のことを言ってきた。続けて市長を余り虐めないでときた。
 何を言っている、こんなことは仕方なくやっている。お門違いもいい加減にしろ。

 シチョウ始め副市長、幹部職員とは話もしたくない、職員は何処まで知っているか分からないが、一緒になって隠せば同罪だ。シチョウや副市長と心中したければどうぞ。事実が全て明らかになったとき、知らなかったなどと言い訳しても通らない。自分の胸に手を当てて何をしなければならないかよく考えてほしい。

幾ら言っても分からないヤツは首を洗って待っていろ。

不動院だより 平成23年新年号から

【仏の目】   『新春に合わせる手に感謝の心』

 壇信徒の皆様、明けましておめでとうございます。穏やかな新春をお迎えのこととお喜び申し上げます。

 さて、何ゆえ「明ければ」「おめでたい」のでしょう。12月31日から1月1日に日が変わるだけなのに、「おめでたい」と思う理由は何なのでしょう。

 「無事新年を迎えることが出来たので、おめでたい」と思うのが一般的だと思います。それでは毎朝目覚めた時に「おめでたい」と思う人がたくさんいるでしょうか。暦が一枚めくれることは同じなのに、大きな違いがあります。

 私たち人間には、生活に節目が必要です。特に新年を迎える節目は重要です。この世は諸行無常です。良いことも悪いことも、幸も不幸も繰り返しやってきます。そんな1年を除夜の鐘を聴きながら精算し、身も心も真っ白になって新たなスタートができる、言い換えれば「生まれ変わる」ために新年を迎える節目があるということです。

 胸に手を当てて1年を振り返ってみれば、反省すべき点が多々あるはずです。反省すべきは素直に反省し、同じ過ちは繰り返さない決意を持ちましょう。

 申すまでもなく、私たちはいろいろなおかげをいただいて生きています。いまこうして新年を迎えることができるのも、先祖の恩、親の恩、家族の恩、そしていろいろな支えがあればこそです。

 新年最初に合掌する時、合わせる掌に「感謝の心」を感じてください。そうすれば、正真正銘「生まれ変わった」自分で一年間を過ごすことが出来ます。そして「合掌するときの心=感謝の心」を忘れずに過ごしましょう。

 今年一年が、皆様にとって良き年でありますように、合掌。

 3日の護摩を焚いての御日待御祈祷では、大勢の方の願い事が、御祈祷された。
 住職は皆様のさまざまな願いを御祈祷したが、自分の願いだけが叶うようにと願ってはダメで、みんなの幸せも願わなければならない。と説かれた。

個人の幸せがあってこその、みんなの幸せなのか。
みんなの幸せがあってこその、個人の幸せなのか。

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